スーパーロボと、カタ・ウパニシャッド

スポンサーリンク
リアルRPGゲーム理論

私には年子の弟がいまして、小さかった頃はおもちゃ等はよく、共用で使わされたものです。
幼稚園時代の私は、リカちゃんの代わりに弟の「マジンガーZ」というロボットの超合金でおままごとをしていました。(⇦親、ひどいよな😅)

当時は「マジンガーZ」のストーリーはよく理解できず、その後、周りの男子は「ガンダム」にハマっていったのですが、私は同じロボでも「ドラえもん」しか知りませんでした。(ドラえもんはスーパーロボのカテゴリーではないですけど)
私たちより少し下の世代は、今もまた映画化されている「エヴァンゲリオン」でしょうか。
エヴァは少しだけ観ようとしたんですが、当時の私は序盤の方でついていけなくなりました💧
私は大人になってから「エウレカセブン」というのは観たのですが、あれはとにかく絵がおしゃれでした🌟

 

さて、最近、ヨガの先生やセミナーのワークで、「カタ・ウパニシャッド」という、人生を馬車に例えた哲学を、偶然、同じ時期に教えてもらう機会がありましてね。

「ウパニシャッド哲学」は高校の世界史で名前だけは習いましたけど、中身は全然知らなかったので、興味深かったです。

 

どういう話かと言いますと、ざっくり言うとこんな感じです👇

馬車の中に乗っている人がで、それが行き先を決めていて、馬車自体は肉体で、実際に行動するための道具であり、御者であるのは、すなわち思考や知恵。
そして感情、感覚であるを、手綱という意思でコントロールして進む道が「人生」という概念なのです。

脳が感情や感覚をコントロールして、魂が決めた目標に向かって、肉体で行動に起こすということを馬車に例えて説いているのです

 

これを聞いて私は「スーパーロボじゃないか!」と思ったわけです。
いや、本当はスーパーロボもいろいろあって、それぞれ背景は違うんですけど、私の中でのイメージは似ていたんですよ。
普段から、私ってエウレカに出てくるニルヴァーシュをうまく操れないレントンみたいだなって思っていたので…すみません、なんのこっちゃですよね😅💦

どういうことか、これまた誤解を恐れずざっくり言うと、中の人がロボを操っているんだけど、技術や知識、英知などがないとうまく操れないんですね。しかもロボ自体にも性質や実は意思というか使命があったりして、そこを尊重して協力しないとうまくいかない。

 

結局、古今東西、人間はそういうことに気づいているんだなあと✨
だから哲学だったりアニメだったり、何らかの形で伝えられているんだなと思うんですよ。

 

肉体は乗り物であって、それぞれの乗り物のクセを生かしながら、自分の学びを使って運転技術を上げてゆき、魂の目的に向かって進んでゆくのが人生であるということ。

 

でね、ロボのクセは状況によって変化する時もあるんですよ。
私が感じたのは妊娠した時。自分の知らなかった自分がでてくるわけです。
食べ物の好みが変わったりね。「うおーっ、私の中にこんな機能が格納されていたとは!」って驚きでした。トランスフォーマーか!って感じですよ(笑)

 

体のことじゃなくても、経験したことのない環境に身を置く場合も、肉体や精神が初めましてのトランスフォームを起こすことがあります。それも「おお、こんな自分がいたのか!」と受け入れつつ、運転技術を上げるトレーニングと捉えていけばいいんだろうなって思っています。
馬車で言えば、始めての道を通る時には馬の反応も変わるのが当然なので、御者は冷静にコントロールできるように技術を上げていくという感じでしょうか。馬をきつく叱る必要もないし、馬車がガタゴト揺れてしまうのも無理はないということです。ちょっと休憩でも入れれば良いかもしれませんね☕️

 

そして、大事なのは「魂の目的」ですよね。運転スキルが上っても、行く方向が分からないと迷子になりますもんね。

でもこれが案外、見落としがちというか、道の途中で御者である脳みそが「これで合ってるのかなあ」と不安になるポイントじゃないでしょうか。

 

これについては、私の場合はスピリチュアルカウンセラーの並木良和さんがよくおっしゃっておられる「こ・ひ・し・た・ふ・わ・よ」(『恋い慕うわよ』とすれば覚えやすいですね)を道しるべにしています。すなわち、

…心地いい
…惹かれる
…しっくりくる
…楽しい
…腑に落ちる
…わくわくする
…喜びを感じる

こういう感情を感じられることは魂の声だというものです。

でも魂の声は時に突拍子もないというか、操縦者や御者である私たちの脳には「そうは言っても今は無理でしょ💦」と感じてしまうことを言い出したりもするので、「ほんとにこれでいいの?」と不安になることもあるのですが、小さなことから魂の声というか、直観みたいなものに従っていくといいみたいです。
例えばランチを何にしよう?と思ったら「本当はこれを食べたいけどちょっと高いし、カロリー高そうだし、やめといた方がいいかな…」みたいなことをやめて、「私、今、何食べたい?」と自分に改めて問いかけてみて、その時本当に(惰性や習慣ではなく)食べたいものを食べる。そういうことから始めていって、その心地よさとかをキチンと味わっていくうちに、だんだんと魂の声を信じられるようになるんだとか。

私も今、ちょっとずつ試しているんですけど、これをやっていると自分の「思考のクセ」みたいなものに気付けたりします。あ〜、私って無意識のうちに人に合わせがちで、それが楽だと思っていたんだなあ、とかね😜
そういうところから抜けて、自由になった時に残るものが魂の目的なんだろうな…なんて思っています。

 

ブログランキングに参加しています。ポチっていただけると励みになります🙇‍♀️

ブログランキング・にほんブログ村へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました