お久しぶりです。
クリスマスに「ちろり師匠」が天に召されまして、その後引っ越しがあり、この2ヶ月ほどの間に、なにかのチカラによって怒涛のように次のステージへと強制的に行かされた感があります。
そんな慌ただしい2カ月でしたが、新築の家の鍵をもらったにもかかわらず、年末年始は何をする気も起こりませんでした。
ひたすら、師匠の写真や動画を見ては悲しみと寂しさを味わっていました。
(ただ、「もっとしてあげられることがあったんじゃないか?」とか「あれはやめといたほうがよかったんじゃないか」などと、自分を責めることは極力しないようにしました。
そんなことは今しても、何の解決にもならないのに苦しくなるだけなので。。)
「いつまでもクヨクヨするのはやめよう!」とか「早くポジティブに切り替えよう!」って心を騙してカラ元気に振舞っていると、自分の心が見えなくなる気がします。
多分、心の中の「子どもの自分」が置いてけぼりになるからだと思います。
子どもの頃、たっぷり甘えさせてもらった子どもは、大人になってからも自分の心を癒すのが上手なんだと思います。
転んで、痛くて泣いている時、誰かに「よしよし、痛かったね」って言ってもらえたら、痛みが早く引くと思いませんか?「分かってもらえること」は心の痛みを早く癒してくれるように思います。
ネガティブな感情を抱いてしまうことを「当然の権利」として自分に許せるからだと思います。
「感情」は心の中の子どもだと言えます。
私の子供時代は「スパルタ」と呼ばれる、「厳しいことがいいこと」みたいな風潮があり、うちの親も勿論、そのタイプの人でしたから、痛くて泣いていたら「メソメソするんじゃない!」と叱られたりしていました。同情してもらえるどころか、叱られるわけですから、心の傷はさらに深くなります。
なので、心や体の痛みを「平気だよ〜」って顔で我慢するクセがついてしまいました。これは心の傷をさらに深くしないための無意識の防御だったんだと思います。
大人になって一人暮らしを始めた時、私はそのことに気づいて、「私が私のお母さんになろう!」と決めました。自分が辛い時、自分が私のお母さんだったら、子どもの自分になんて声をかけてあげるかな?と考えるようにしていました。
我慢を我慢だと気づけているうちはまだいいですが、我慢することが初期設定になってしまうと、本当の心の声が全然聞こえなくなってしまうので注意が必要だと思います。
要するに、自分は何がしたかったのか?自分は何が嫌なのか?が分からなくなってしまう。
一度は「私が私のお母さんになる」ことで客観的に自分に優しくできるようになっていた私ですが、結婚して、子供が生まれると再び、自分をないがしろにしがちになっていました。
私も含め、友人などの話を聞いていて注意した方がいいと思ったのは、「私が私のお母さんになる」代わりに、結婚前の、つまり彼氏時代の夫が「お母さん」の代わりに優しくしてくれていた場合です。
どういうことかというと、夫はやっぱり「お母さん」ではないし男性の脳みそなので、きちんとこちらの要求を伝えないと全然汲み取ってくれない時も当然出てくるんですよね。結婚後はなおさらです。なのについ、夫に「お母さん的な優しさ」を求めてしまい、応えてくれないと「わかってくれない」と感じて悲しくなってしまうというパターンが結構ありがちなんです。
意識して、自分が自分のお母さんになって自分に優しくしているうちに、だんだん、周りに甘えられるようになってきた気がします。ついでに言うと、夫にも「落ち込んでるから甘えさせてほしい」と言えば張り切って「何すればいい?」って向こうから聞いてくれそうですよね。
「こっちは落ち込んでるんだから、気を利かせなさいよ」って言わずにね(笑)
ちろ君との別れをたっぷり悲しんで、ようやく少しずつ、新居での暮らしを楽しむ気持ちに変わってきた私です。
ぼちぼち更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。
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